先日8月7日、オンライントークライブというZoomでのイベントに初めてスピーカーとして参加しました。
イベントのタイトルは「心を大切にするということ」。
私は「いのち」について約30分間お話したのですが、その時の内容を記録しておきたい、イベントに参加出来なかった方々にもお伝えしたいと思い、当日の原稿を元に文章を起こしてみました。
ライブの雰囲気を出すために、話し口調の文体にして、内容を忠実に再現したつもりです。
イベントを視聴いただいた方にもテープを再生するような感覚で、ご覧いただけたらと思います。
前口上
はじめまして。ぱすてるの喜々津博樹と申します。
私はカウンセラーとして、ひきこもりの人たちの支援を中心に活動しています。
今年の1月までは、ボランティアでカウンセリングの活動をしていまして、ツイッターを中心にして発信をしていましたので、今日ご参加している方で、もしかしたら、以前お話をしたことのある方が、いらっしゃるかもしれません。
今日は、私は「いのち」というテーマでお話をさせていただきます。
いのち、というととても大きなテーマで、とても30分という時間ではまとめられないのですが、私がカウンセリングの勉強を始めたころ、いのちについて考えさせられる、とても大きな事件がありまして、今日はその事件をもとに、特に自殺とうつ病の問題についてお話しながら、みなさんとお時間を共有できたら、と思っております。
産業カウンセラー
まず最初に、私は資格としては、産業カウンセラーという資格を持っています。
産業カウンセラーという名前を聞いたことはありますでしょうか?民間の資格ですが、主に産業・労働分野、つまり職場や働く環境でのメンタルヘルス対策を目的としています。
産業カウンセラーには2つ特徴があり、1つは、働きながら講座を受けて取れる資格であり、大学院などに行かなくてもいいことです。
2つめは、講座の中で傾聴の実技にかなり力を入れており、100時間以上の実技の講習があります。
その養成講座に通ってカウンセリングの勉強をしたのですが、その頃に2つのとても大きなショックを受ける事件がありました。
ひとつは、2015年の12月25日、クリスマスの日に、当時電通の社員だった高橋まつりさんが、会社の寮から飛び降りて、24歳で自ら命を絶った事件です。
もうひとつは、2017年の夏から秋にかけて神奈川県の座間市で起きた殺人事件です。
犯人の男が、若者の男女9人を自分のアパートで殺害した、きわめて残酷な事件でした。
この2つの事件に共通するのは、本来なら、自分で生きていく力があった人たちの尊い命が、あまりにも理不尽な理由で奪われてしまった、という事実です。
これらの事件について時間をかけて話したいですけれど、今日は時間の関係で、高橋まつりさんの事件に焦点を絞って、お話をさせていただきます。
高橋まつりさん
高橋まつりさんについては、お母様の高橋幸美さんが、この事件を担当された弁護士の川人博さんと一緒に、1冊のとても素晴らしい本を残されています。
『過労死ゼロの社会を ー高橋まつりさんはなぜ亡くなったのかー』
高橋幸美、川人博・著 連合出版
この本に事件の経緯が大変くわしく書かれており、また高橋まつりさんの短い半生について、お母様が手記を綴られていて、ぜひ読んでいただきたい本なのですが、あいにくこの本が今、絶版になっているのです。
このような本が絶版になってしまう社会とは何なのだろう、と考えてしまいますが…
お母様によると、今度改訂版が出る予定とのことです。
追記:2022年2月に、タイトル・版元が変わり、内容も追加されて、新装版が発売されました。
『過労死・ハラスメントのない社会を 電通高橋事件と現在』
高橋幸美、川人博・著 日本評論社
高橋まつりさんの事件をなぜ今日お話するかというと、この事件は今の日本社会、企業という組織の問題点や、いのちについて考えさせられる、実にたくさんの教訓を投げかけているからです。
すでに詳しくご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、あらためて今日はこの事件を少しふりかえりたいと思います。
まつりさんの自殺原因
まつりさんが亡くなった大きな要因が、長時間労働、とくに連日連夜、深夜にまでおよんだ残業です。
そして電通という会社は、まつりさんに対して残業時間を短く申告するように指示していまして、労働時間の事実の隠ぺいをおこなっていました。
そして、長時間労働だけでなく、まつりさんに対して上司による、パワハラ、セクハラがあったことがわかっています。暴言によるハラスメントですね。
さらに、この会社には社内行事がたくさんあるようで、その準備などを新入社員のまつりさんがしなければならない。毎日残業をしていますから、結局休日にやらざるを得ない。そういったことを当然のように新入社員にさせるという会社の慣習、風土がありました。
そして、ここからがとても重要な事実なのですが、まつりさんが自殺をしたのは、クリスマスの12月25日ですが、11月の上旬には、うつ病を発症していたのです。これは事件のあとになってわかりました。
うつ病という病い
うつ病という病気の何がおそろしいかといえば、希死念慮が湧いてくる、ということです。判断能力や思考力が低下して、もう死ぬしかないと思ってしまう、自殺の衝動が生まれてしまうことですね。
まつりさんは、過酷な長時間労働によって睡眠時間が極端に減ってしまい、それによる心身への負担がとてつもなく大きくなってしまいました。
そこにさらにハラスメントや余計な業務が重なり、三重、四重ものストレスがかかっていったのです。
電通は歴史の長い大企業であるにも関わらず、会社のメンタルヘルス対策や労働組合(まつりさんも組合員でした)もほとんど機能していなかったようです。
まつりさんは社内で上司に相談したこともあったそうですが、適切な対応はとられなかったのです。
うつ病と自殺
うつ病を発症すると自殺の危険性が高くなりますが、このうつ病は誰にでも起こり得るといわれています。
まつりさんは、決してストレス耐性の弱い人ではなかった、東京大学を卒業されて、むしろ強い精神力でそれまで生きてきた方です。
自殺は、個人の意志や頑張りではどうにもならない状態に追い込まれる、追い込まれた末の死です。
しかし、自殺もうつ病も、これは防ごうと思えば防げる問題でもあるのです。
まつりさんは、会社の体質の問題や上司の関わり方によって、追い詰められてしまった。本来なら病気を防げたはずなのに、それがなされなかった、尊いいのちが失われて、とりかえしのつかないことになってしまいました。
まつりさんの状態を見て、「休みなさい」と言う上司が何故いなかったのか、と。
私たちに出来ること
自殺やうつになるのを防ぐためにどうしたらよいのか。
企業をはじめとする社会の問題や仕組みを改善することももちろん必要なことですが、私が今日お伝えしたいのは、まわりの関わり方です。
うつ病などの症状のある人に対して、その発しているサインやSOSに身近な人が気づいたり、声をかけたりすることがとても大事だということですね。
そして、苦しんでいる本人が助けを求めたり、休んだり、休められる状態、環境が必要ということですね。
そのためには、病気や症状というものに対して正しい知識をもつ、理解をする、関心を持つということがとても大切だと思います。
今は情報が溢れていますが、情報を持つことも大事かもしれないですが、情報だけでなく、正しい知識を持つということですね。
情報はどんどん古くなってしまう、変わってしまいますが、知識はそんなすぐには古くなったり、変わったりしません。知識も時代が経つにつれて変わってはいきますが、ずっと変わらないものもあります。
正しい知識を持つことで、冷静な判断が出来て、幅広い知識を持つことにより、視野が広がります。
知識を得るためには、やはり本を読むのがいいと思います。ネットでも知識は得られますが、ネットで得る知識は断片的になりがちです。本は、体系的な知識を得ることが出来て、いつでも手に取って、何度でも読み返すことが出来ます。
本をお勧めするのは、私が昔、出版社に勤めていたから、というわけではありませんが…
予防する〜いのちをつなぐ
私たちのいのちは、一度失ったら二度と戻ってはきません。
いのちは、予防をすることで守ることができます。私がおこなっているカウンセリングは、そのいのちを守る、いのちをつなぐための、予防のためのカウンセリングでもあります。
病気になってしまったら、治療をしなければならない。その治療に長い時間とお金を費やすことになってしまいます。病む前に話を聴いてもらったり、予防のひとつとして、カウンセリングを利用してくれたら、と思います。
ただ、カウンセリングは保険が適用されないので、決して安くはありません。
カウンセリングとは違いますが、最近はお話を聴く傾聴の活動をSNSを通じておこなっている人たちもいますので、利用してみるのもいいと思います。
病気にならないように予防をする、それがいのちを守る、つなぐことになり、それが今日のトークテーマである「心を大切にするということ」になるのではないかと思います。
最後に、数字の話
せっかくの機会なので、数字の話をさせてください。
自殺の話をしましたが、日本で年間、何人ぐらいの人が自殺で亡くなっているかご存知でしょうか?
2020年は、国内で21,081人の方が自殺しています。1日あたり60人ちかくの人が自殺で毎日亡くなっているのです。
ちなみに東日本大震災の死者・行方不明者の合計は何人かご存知でしょうか。
18,425人です。
1年間に自殺で亡くなる方は、東日本大震災で亡くなった方々よりも多いのです。
日本の年間の交通事故死者は、昨年何人だったかご存知でしょうか?
2,839人です。自殺者はその7倍以上ということになりますね。
私が運転免許をとった時、30年前ですが、教習所の教官の言葉を今もよく覚えていますが、その時教えられた交通事故死者数は、1万人を超えていました。交通事故の死者はどんどん減っていますね。理由がいくつかあり、違反に対する厳罰化や車の性能が上がったことなどが挙げられます。
これらの数字は、私がいつも意識している数字です。数字も知識であり、数字で人のいのちは計り知れませんが、自殺者が1人でも減ってほしい、できるならゼロになってほしい、それぐらいの気持ちで活動をしていきたいと思います。
最後にお伝えしたい数字があります。
日本のひきこもりの人たちの数です。
15歳から64歳までのひきこもりの人たちは、国内におよそ115万人といわれています。
今日はお忙しい中、お話を聴いてくださり、どうもありがとうごさいました。
2021年8月7日(土)
心の保健室・オンライントークライブより。
カウンセリングサロンぱすてる
傾聴カウンセラー 喜々津博樹
https://www.salon-pastel.net/